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代表司法書士略歴

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氏名 片山哲也
略歴(冗長歴?)

19○×年 三重県津市に生まれる。近所でもかわいいと評判になる。今もじっくり探せばその面影はある・・・かも。

小学生の時は、自然がいっぱいだったので、夏は1日中、カブト虫・セミ取り、川遊びをして遊ぶ。その時の思い出は今でも鮮明で、ノスタルジーを感じる。自然に恵まれた「故郷」があるということの幸せと「感動」の大切さを次の世代に伝えなければとしみじみ思う。
小学校5年の時、アントニオ猪木とストロング小林の試合を見て、プロレスにはまる。同じ頃、津市体育館に巡業で来たペドロ・モラレスの脇の下をどさくさにまぎれてくすぐったら「ALL RIGHT」と言われる。意味がわからなかったので喜んでいるのかと思い、さらにくすぐる。少し嫌そうな顔をしたのでやめる。続いて場外乱闘のアブドラ・ザ・ブチャーの額の血を、持っていた入場券の半券の裏でふき取ったら怒鳴られる。この時、外国人は難しいと思った。以後英語を勉強する意欲が失せた。

中学は「俺は男だ」の森田健作に憧れ剣道部に。入部してから学内で一番厳しいクラブと知るが、やめられず3年間やり通す。ここでの激しい練習で我慢・忍耐・根性がついたのかなと思う。ただドラマのようなマドンナ・吉川君は最後まで現れなかった。
仕方ないので練習に励み、地区団体で大将として優勝、個人で準優勝する。得意技は「抜き胴」と「出鼻ごて」。相手が出てきたところを素早く返す技で、素人目にはキレがありすごい技だが、私は単に積極的に動くと疲れるから磨いただけである。
卒業後、日本で一番短い名前の高校と言われた津高校に進学。

高校も剣道部へ。2段を取るも、マージャンとバイクを覚え、退部。
バイクは皆がスポーツバイクやトレールバイクを新車で買うのに自分はホンダのカブを中古で買う。剣道の試合の際、防具を載せるにはカブの荷台でないとだめなのである。ただ、シートだけ、ホワイトにしてオシャレしてみた。だが、周囲の目線はどうみても普通の「おっちゃんバイク」のようだった。
この頃から既に、「もし嫌々多くの人が言う通りやって失敗した場合、全部責任取ってくれるのか。どっちみち自己責任なら人がどう思おうが自分の人生、自分の好きなようにやろう!」、「考えたことは考えた通り実行しなければ考えた意味が無い」と考えかつ実行するという自分なりのものさしがあったようだ。
次に、マージャンは当時、学生ズボンの左右のポケットに常にマージャン牌を4、5個入れ、授業中は勿論廊下を歩いているときもずっとズボンに手を入れモゾモゾと盲パイの練習に励んだ。今やれば完全にあぶないおじさんである。冬の寒い日のマージャンの為に軍手の右手親指と人差指、中指の先を切り取り、盲パイができるように工夫するアイデアマンでもあった。また、ラグビーで腕の骨を折った日も片手で積み込みをする根性も兼ね備えていた。
おかげで卒業アルバムには「片山=マージャン」と写真付きで書かれた。当然、親には見せられず、今年はうるう年で卒業アルバムは作られなかったとウソをつく。
勉強せず、落ちこぼれだったが進学校だったので何とか同志社大学だけ合格。浪人も考えたが、進学することに。以後ずっと京都で暮らすとは考えてもいなかった。「逆らえない世の流れには身をゆだねるのもこれまた人生」と、そっと手を見る。

大学ではマージャン部に入りたかったが、無かったので将棋部に入り、マージャンづけに。
並行して、バイトにも明け暮れる。夜7時から朝5時までサパークラブでバイトをし、朝9時から夕方5時までビルの電気保守のバイトをする。友達には一体いつ寝ているのかと言われたが、いつ勉強してるのかとは聞かれなかった。
また、この頃知り合ったゼミの友達の影響で、旅行と洋楽にはまる。いつもお金が無い貧乏学生であったが、非常に楽しい毎日を過ごした。当時の友達とは今も仲良しだ。

就職活動は特にしなかった。自分はサラリーマンには向かないと感じたからだ。
唯一就活した面接先で、他の学生には難しい質問をしていたのに私にきた質問といえば「得意なマージャンの役は何ですか?」。 おもわず、「はぁー?」と思ったが間髪いれず、「タンピンサンシキです」と真面目に答えた。結果落とされる。今、聞けるのなら、その質問の正解は何だったのか? 「チャンタサンシキ」がお好みかしら。確かに履歴書の大学時代にやったことの欄に大きく「マージャン」としか書かなかったから仕方ないのだが・・・

そんな時、本で、「若い頃は、頭を使うより、身体を使って働け。若い頃からえらそうに理屈をこねるより、下積みの苦しさを味わった方が、将来人を動かすとき人の痛みがわかるようになる」と書いてあるのを見て、その通りと思い(単純!)、当時一番きついと評判の佐川急便に入る。
退路を断つ為、手荷物とバイク1台で、寮に入る。毎日バイトで50人くらい新人として入るが、次の日にまた会えるのは数人だった。バイトからドライバーに成れるのはほんの一握りだったが、運よく半年ほどでドライバーになる。
そこで、ひとつ目標を立てる。
「30歳までに1000万円貯めて、ハーレーを買って日本一周ソロツーリングをする。その間に今後どこで住み、何の仕事をしたいかをゆっくり考えよう!」。
結果、26歳で500万円貯めてハーレーで北海道一周して帰ってくる。全て中途半端である。佐川では5年頑張るが、椎間板ヘルニアになり退社。

肉体をフルに使った仕事ができなくなったので、仕方なくイヤな勉強して資格を取り、独立を目指す。大学入学から10年以上全く勉強していなかったので、かえって学ぶことが新鮮で勉強に集中できたのは皮肉なことだ。大学は商学部なのになぜか法律系の司法書士を目指す。特に意味は無い。その時は「商学部=税理士」はまとも過ぎると感じたのだろう。(それでいいのだが)
「司法書士? 堅そうやん。頭よさそうやん。お金持ちそうやん。安定してそうやん。ええやん。」と論理的(?)に決断。
8月に退社し、始めて法律に触れる。2ヶ月後の10月に行政書士と宅建の2つの試験を2週続けて受ける。見事まぐれで両方合格。法律の素養があると勝手に断定し、バイトをしながら司法書士の勉強を始める。
大型二種の免許を活かし毎朝夕、送迎バスの運転手をするとともに、取ったばかりの宅建免許を活かして不動産会社の重要事項の説明を請け負う。両方、面接で「実務経験はありますか?」との質問を受けたが、「あります!」と言い切る。生きていく為にはこれぐらいのウソも必要と勝手に割り切る。
さて、この頃、大変なことに気づく。司法書士試験とは合格率2%の難関資格であり、それも大学の法学部出身者や司法試験経験者が多く受験するというものだ。そんなの一番最初に調べておくことやんとよく言われたが、通るように勉強すれば通ると思ってたんやから仕方ないやん。
しかし、ここでも楽観的な性格からか、「100人に2人も受かるんやー。100メートル9秒で走れといわれれば無理だが、それなら努力したら合格しそうやなー」。
予定通り、働きながら平成4年司法書士も一発合格を果たす。人生「運と勘とツキとポジティブ思考」だと実感。

2年後に独立。不思議なもので最初から仕事はそこそこあった。ただ、仕事の特殊性で時間をもてあました。そこでいろいろやってみる。

まず、バイクにはまる。ハーレーのストリップチョッパー会に入る。おっちゃんばっかで、西部劇のようなチャップスをはいてひたすら集団で走る。四国や中京のチョッパー会と最高100台位でトンネル内を走った時はあの突き上げるようなハーレーサウンドと振動にしびれた。その後、一人で走りたくなったので、アフリカツイン(オフロードのナナハン)に乗り替える。大型バイクを乗り継ぎ、今はリード100に落ち着く。

次いでにはまる。インプレッサSTIでスピードにはまる。1速でおもいっきり引っ張り、2、3速でしか走らない。おもしろかったがまっ黄色の車体に大きなリアウィング、爆音を鳴らした車では冠婚葬祭にも参加できないので、黒のスカイラインクーペに乗り替える。スピード命の280馬力スポーツカーを乗り継ぐも何故か今は700ccのスマートに落ち着く。

旅行にもはまる。夏は例年北海道をレンタカーで4日間延べ1000キロ走る。特に知床はいい。冬は例年3日間沖縄滞在。三線と沖縄民謡と島とうがらしにはまる。妻は43度泡盛をロックで浴びる。
以前バスの運転手をしていたこともあり大型二種免許を持っているので将来はマイクロバスをキャンピングカーに改造して日本中を旅したい。

次に「登記」と「陶器」をシャレて陶芸教室遊楽を始める。生徒さんを集めるのに無謀にも知識ゼロから自分でホームページを作ろうと考える。まず、初級シスアドを取り理論武装した上で、adobe Illusutrator CS、Photoshop CS、Dreamweaver MX2004、Fireworks MX2004で制作。CSSレイアウトやW3C準拠、SEOにも気を配る。
このサイトも自作だからこんな意味の無いことばかりを書けるのである。(お金を払って書いてもらうことでは決してない)

陶芸教室で集客のおもしろさを知り、マーケティングや経営戦略、ファイナンスにはまる。バランススコアカード(BSC)研究会や中小企業診断士主催の勉強会に参加。刺激を受け、中小企業診断士の1次に受かる。2次の勉強より抽象的な理論と具体的な経営実務と対比して考えるのが楽しい。時間軸や要素分解、漏れなくダブリなく考え因果関係を明確にするフレームワーク・フローチャート思考の大切さを知る。ビジネス書を手当たり次第読みまくる。ブルーオーシャン戦略、ランチェスター経営、経営分析、定量分析、ビジネスプラン、クリシン等実におもしろい。
その流れでアロウワンスの大切さを知り、京都起業サポート京都ITサポート京都相続・後見サポートを立ち上げる。所謂、デルタモデルのトータル・カスタマー・ソリューション戦略効果を狙ったものだ。
起業・相続・ITの総合的相談窓口となる為、自ら初級シスアド・FP2級・AFP・知的財産検定2級・簿記2級・証券外務員2種を一気に取る。キャッシュフロー計算やFCF、原価計算、設備投資経済性、リスクとリターン、オプション理論、ゲーム理論等今まで知らなかったことがもったいない。実務でも自社の法人税の申告書を自分で作れるようになったのはプラスだ。

360度話は変わるが(元に戻ってる!)、料理とお菓子作りにもはまる。鯖寿司や出し巻き卵、そば打ち、カスタードプディング、アップルパイ作りにのめりこむ。結果、塩と砂糖、バターと卵の取りすぎで体調崩す。勢いでふぐ処理師と調理師、製菓衛生師も取る。
意外と飲食業で起業する人の役にも立っている。現在、祇園のカウンター割烹によく出没する・・・らしい。

まだまだ人生は長い。はまりながら考えようと思う。
ここまで読んだあなたに感謝。

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司法書士 片山哲也

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